ごろごろごろうの なまけものブログ

サラリーマンを「卒業した」なまけものの作者の、ゆるーーいブログ

なまけものブログ ー 「頑張れ」って嫌いっす。

こんにちわ。

ごろごろごろうです。

昼休みにいつもは行かない路地裏を散歩し、いつも行ったことのない、サラリーマンでごった返している、中華料理屋でチンジャオロースー定食を食べました。味は、、、、、

 

うーむ。なんで、混んでたんだろう。そんなに安くもないし。

 

って感じでした。

まあ、そんなもんです。

でも、いつもは行かない路地を歩くのは楽しかったです。

特にすごい発見はなかったけど、ポカポカした陽気で、太陽を浴びながら、いつも行かない道を歩いてみるのはある意味新鮮でした。

 

さて、話はガラッと変わりますが。

 

うつの方には「頑張れ」という言葉は禁句である、というのは、もはや、多くの人が知っていることかと思います。

そして、なぜそう言ってはいけないのか、というのも、要するに、うつの人は生きてるだけで頑張っているのだから、それ以上、頑張るなんていうのは病人に鞭打つようなものだ、という論理もまあ、よく知られている事実です。

(ただし、「非定型うつ」(ずっと落ち込んでいるわけではなく、楽しいことが起きると元気になる)の場合は若干のストレスを与えたほうが治りやすい、という説もあり、そういう場合は多少の頑張れはいいらしい。 ああ、めんどくせ)

 

ま、僕が定形か非定形か、はては双極性障害なのか、よくわかりませんが(一般に気分変調症は非定形に入るらしい)、いずれにせよ、僕は「頑張れ」という言葉が

 

きらい

です。

その理由は、「病人に鞭打つ」ような、そういう意味もなくはないんですが、「頑張れ」あるいは「頑張って!」あるいは「頑張りや!」って言葉から受ける印象は、ものすごく

かるーい

んです。

上手く言えないんですが、例えば、運動会で自分の子供がかけっこで走っている時、あるいは、これから重大な試験を受けに行く朝、そういう時の「頑張れ!」「頑張ってきてね!」は全然いいんです。だって、それが頑張りどきだから。

でも、鬱で会社に行くのが本当に嫌な時とか、上司に怒鳴られて落ち込んでいる時とか、彼女に振られた時とか、なんなら身内がなくなった時とか、要するに、こっちが落ち込んでいる時に、「頑張ってね」とか言われると、がっかりします。

 

それって僕だけかなぁ。

 

日本語って心の機微に関する言葉が英語より豊富、って前に言いましたが、こと、こういう落ち込んだ時に相手になんて言ったらいいのか、ってことに関しては途端に語彙が少なくなるんですかねぇ。僕も、相手がそういう時にどう言ったらいいのか言葉が見つからず、めんどくさいからついつい「頑張れ」て言っちゃうんですよね。

どうも、僕がめんどくさいから言っちゃうからかもしれませんが、こっちが落ち込んでる時に「頑張れ」とか言われると、こっちががっかりすると同時に、あ、向こうも言葉に困ってるなぁ、ってのが伝わって、さらにがっかりが倍増します

 

今思ったんですが、がんばれ、って言葉を言われた時、頑張るのはあくまでも言われた相手なんですよね。当たり前かもしれませんが。でも、こっちが落ち込んでいる時に、「いや、お前がんばれよ」、なんて言われた時の突き放され感たるや、がっかりの三倍増です。

もちろん、「一緒に頑張るから」なんて言わなくていいし、そんなことを期待しているわけでもない。突破するのはあくまでも自分。それくらいはわかっている。でも、落ち込んでいる、って気持ちは理解してほしい。それだけなんです。きっと。

 

僕はこれからも、なるべく頑張れ、って言わないように頑張ります。

 

あれ?