ごろごろごろうのなまけものブログ

気分変調症の作者がカウンセラーとして独立開業するまでの奮闘日記

なまけものブログ ー 「忖度」は英語にできない。でも、「寄り添う」も適訳はない。

こんにちわ。

ごろごろごろうです。

 

今日は英語の勉強です。

ちまたでは「忖度」という言葉がやたらと出回ってます。大臣が総理を忖度する。局長が大臣を忖度する。課長が局長を忖度する。係長が課長を忖度する。ノンキャリがキャリアの係長を忖度する。結果、だーれも命令していないのに、なんだかとてつもない変なことが起きてます。

忖度する、は英語にはありません。”assume"とか、"surmise"という訳語が当てられたりしますが、これは「推察する」って感じで、今の忖度とはちょっと違います。同じく、「空気を読む」という言葉も英語にはありません。"read between the lines"というふうに書かれている場合もありますが、文字通り「行間を読む」って感じで、あの独特の「空気」なるものを「読む」のとはちょっとニュアンスが違います。"read the atmospehere"と直訳する場合もありますが、英語圏の人にはあまりわからないでしょう。

だからといって、これは日本人独特の考えか、というと、どうも、「忖度」という言葉は古代中国から日本に輸入されたみたいで、中国文化にはきっと古くから根付いていたんでしょう。恐らく、中国だけでなく、朝鮮半島にも同じような考えがあったように思います。きっと、東アジア文化圏の独特の言葉なんではないでしょうか。

 

このように、日本語(あるいはそのもととなる中国語)にあっても、英語でなかなか説明できない考え方はいっぱいあります。ネガティブな言葉もありますが、ポジティブな言葉で英語にできないものもあります。

 

例えば、「寄り添う」です。

"understand"は、理解するなので、確かに理解することなんだけど、ちょっとニュアンス的に違います。"stand aside"なんて言葉もあります。そばに立っている、そんな漢字です。少し近づきますが、でもなんか、かなり物理的すぎます。"snuggle"なんてことばがネットでは出てきますが、これは日本語のハグに限りなく近いです。これも物理的です。

どうやら、英語圏では、「空気を読む」にしても、「寄り添う」にしても、心の機微にかかわるような考え方はあまりないのではないのでしょうか。推察ですが。

 

そして、この間、自分でびっくりしたのは、「おかえり」あるいは、「おかえりなさい」という英語がないんです。辞書では無理やり"Welcome home!"なんて書いてありますが、これは、どちらかというと、何ヶ月も、あるいは何年も音沙汰なく家を出ていた子供が帰ってきた時に言う言葉です。決して、日常的に言う言葉ではありません。

 

僕が最近はまっているドラマに「アンナチュラル」という、石原さとみさんが主演のドラマがあります。不自然死の遺体を解剖し、謎を解いていく、ま、簡単に言うとこんなあらすじですが、でも、毎回毎回現代の重いテーマをもってきて、それでいてユーモアを交えて重くなりすぎず、でも、きっちりとメッセージを置いていくドラマです。今日が最終回です。全く予定されていませんが、あまりにも脚本と演出、それと俳優たちの絶妙な演技がすばらしいので、是非シーズン2を考えてほしいです。それくらい、いい出来です。

 

話は戻りますが、「アンナチュラル」の第8話は不審火で全焼したビルから10人のご遺体(アンナチュラルの舞台であるUDIラボではこう呼びます。なくなった方への尊敬の念が感じられます)を解剖し、彼らがどのような死を迎えたかを解いていきます。その回のテーマは帰る場所で、「おかえり」というのがとても重要な言葉となり、見ている人のこころを打ちます。特に最後の場面で、親から勘当されたUDIラボの助手がラボに帰ってきた時に、職員がいつものように(勘当されているとは知りませんから)「おかえり」といいます。その助手は大泣きします。

僕もこの場面は大泣きしました。

 

「おかえり」って素敵な日本語です。

とても大事にしたいと思います。